
はじめまして。
カサンドラや愛着障害の孤独な心に安全地帯を育て人生を楽しくするカウンセラー
柏 由紀乃 (かしわ ゆきの)です
カサンドラ症候群、夫婦の悩み
愛着障害、アダルトチルドレン(毒親育ち)
HSP 適応障害 鬱
・パートナーや家族と一緒にいてもなぜか孤独を感じる,
・長年過ごしているのに情緒的な繋がりを感じられない
・自己否定感が強く生きずらい
・ありのままを愛されたいと愛情を渇望して相手に依存してしまう
・自分の感情より相手の機嫌を優先してしまう
・些細なことに不安になってしまう
・些細な言葉に傷つきやすい
・ぐるぐる思考から抜けられず苦しい
・自信がもてず自己犠牲を繰り返す
・人の目が怖くて自分を発揮できない
・心が通わず孤独感、虚無感や絶望感がある etc・・・
私はこれまで、心が通わない母子関係、夫婦関係、愛着や毒親育ちの影響による生きづらさなど、さまざまな心身の悩みに向き合ってきました。
私自身共感性のない母による毒親育ちで幼少期からカサンドラを経験し、
心が通わない夫からの高圧的なモラハラやフキハラ(不機嫌でコントロールされるサイレントモラハラ)でいつも相手の機嫌を伺い、
夫とも20年以上カサンドラという人生の多くを悩み辛い時間を過ごしていた経験があります。
経験した人にしか分かり得ないことだと痛感し、諦めたり絶望しやがては限界に達し
長年にわたるカサンドラの重ね着と愛着障害からの二次性の鬱、適応障害を経験しました。
そしてその辛さに長年向き合ってきたからこそわかったのは、
孤独や不安を抱える気持ちは 成育歴や受けてきた心のダメージのくりかえしによって形成されたものが大きくかかわっているということ、
その積み重なりから構築された思考の癖や疲弊した心を
心理手法や様々なメソットで少しずつ整えたり「安心できる心の土台」を育てることで
自分だけでなくパートナーや家族との関係も回復することや、
自分軸で笑顔で生きることは必ず可能だということです。
「わかってもらえない」「一人で抱え込んで辛い」そんな気持ちに寄り添いながら、
様々な苦しい思考の癖を整えたり、安心できる心の安全地帯をあなた自身の中に育て
ることであなた自身だけでなく、これまでの苦しい関係まで変わってゆきます
まずはあなたの人生を楽しく生きられるように。
一歩一歩着実に 一緒に伴走するようにお手伝いできれば嬉しく思います。
【詳細なプロフィール】
「離婚」の言葉に怯え不安と条件付きの愛情で育った幼少期

人情深いが典型的な昭和の時代の働くことが役割の父と
子供の‘’心’’より‘’世間体’’をなによりも重んじ、長男至上主義の母のもと、
年の離れた二人の兄とわたし 3人兄妹という家族で育ちました。
性格は父似、正義感が強くいじめっ子の前に立ちはだかって女の子を守るような
活発な幼稚園時代を過ごします
人情派で熱血漢の父と正反対の共感性に欠けた母であったせいか小学校に上がるころから
夫婦喧嘩の絶えない家庭で悲しい気持ちと不安を感じることが多くありました。
母からたびたび「もう離婚ですね!」の切り札の言葉が出るようになり
小学校に上がって間もない私は不安に怯え、
「お向かいのマンションの屋上から飛び降りてわたしが大怪我をすればお父さんお母さんは反省して離婚せず仲良くしてくれるだろうか…」
まだ自分の世界が家庭内にしかない時期、
とてつもない不安と悲しみからそんなことを思いつめる小学校時代となります。
母の姿が見えないとたちまち泣き出す「分離不安」もあったと記憶しています。
学校や友人関係をコントロールされる孤独な小学生時代

幼い頃の私はいわゆる「良い子」でした。おけいこ事や成績も順調で母の思い通りに育っていた頃はとてもかわいがられました。
けれど、物心がつく頃から状況は変わっていきます。
母は学校や友人関係まで異常なほど管理するようになり、私は次第に母に認められることを優先させられるようになっていきました。
小学校は母の決めた学区外へ電車で通っていたため学校以外では
母の決めたお友達のところへ数か月に1度程度わずかな時間のみ遊びに行ける程度でした。
4年生の2学期母の意向から選んだ学校へと転校も経験し、
転校生扱いなどからなかなか馴染めず、
それでもようやくできたお友達数名が遊びに来てくれたというのに
母はお友達を並ばせて
「お父さんはどんなお仕事をされているのかしら? お家はどこかしら?どんなお家?」などと、ひとりずつ尋問。
折角できた新しいお友達も優劣をつけられる私の家には遊びに来てくれなくなります。
また、家から遠い学校だったたことで
日曜日だけでなく春、夏、冬休みなども遊べる友達が近くにおらず
あまりにも孤独すぎる長期の休み。
子供にとって楽しみなはずの長期休みが
小学校の6年間、わたしにとってはただただ日にちが過ぎるのを待っているような、
寂しさばかりが募る辛い辛い長期休みとなっていました。
突然の往復ビンタに戸惑い孤独、心の安心を失う
学校やお友達、様々なことをコントロールされ寂しさで気持ちが鬱々とし、
成績もあまり振るわなくなっていった小学校5年のある夜、
突然母から別室に呼ばれ
「そこに座りなさい」
と指示通りに座ると突然の往復ビンタを受けます。
私自身、そこまでされるほど悪いことをした覚えのない私は何が起きたのか、
初めてのことに混乱しひどくショックを受け
「ママの思い通りにならないわたしはもう可愛くないんだ。大好きだったママはもういないんだ…」「もう、思い通りにならない私は愛されないんだ」
幼い頃、大好きだった母。 その母が突然“怖い存在”へ変わったような感覚になり
悲しみ、不安、怒り、混乱。 小5の私には言葉にできない感情が心の中に渦巻きました。
家庭でも学校でも孤独感を抱え、 子どもらしく笑うことが少ないまま思春期へ入っていきました。
母は、私の「心」そのものに触れることはほとんどありませんでした。
大切なのは、私がどう感じているかではなく、
「母の思う通りに動くこと」
幼い私は、それが正しいことなのだと思いながらも、どこかいつも“みんなと違う”感覚がありました。
うまく言葉にはできないけれど、 胸の奥にずっと残る寂しさや、うつうつとした感覚。
「うちはなんだかとっても寂しい お友達とも自由に遊べなくて寂しいしつまんない」 そんな晴れない思いを幼い頃から抱えながら過ごします。
ゼロから人生をやり直したいという理由で決心した中学受験
学校でも家庭内でも孤独で子供らしくない鬱々とした小学生時代を過ごし
中学は母が進めた受験でたまたま受かった私立中学校へと進みます。
私立中学を選んだ理由は、小学校時代母の選んだ学区外の学校への転校や母の友人への対応などで辛い状況だったため
「この寂しい孤独な状況から逃れたい」
皆がはじめましての私立に行って「ゼロから人生をやり直したい」
という理由のみで選びました。
やっとできた友人関係をまたしても母に壊される中学時代
ところが中学、高校になっても母のコントロールはますますきつくなります。
成績が下がれば付き合っている友人のせいにされたり
私が家に帰るのが遅いと同級生の家を訪ね
「うちの子はどこにいるのか教えてちょうだい 教えるまで帰らない」と
無理やり聞き出すと、今度は
「うちの娘と付き合わないでちょうだい」と言い、
何も知らなお私は週明け学校に行くと皆から避けられているという状態に。
何故皆に避けられているのかわからず、一人の友人から訳を聞いては
「母がひどいことを言って本当にごめんね」と謝って廻るという、またしても
「母の“コントロールの中で生きる”日々。」
それは自分の居場所や、やっとみつけたとても大切な世界をことごとく踏みつけられて壊されていく感覚でした。
そんな共感性のない母の教育環境の中で、
心に温かい安心の土台が育つことがなく
「家族5人揃ってお家の中にいるのに何故うちって寂しいんだろう…」
「わたしのお母さんはまわりのお母さんの温かさがない…なんか違う…」と思うものの、
寂しさを抱えながらも「きっと教育のためなんだ」と母親をかばう自分もどこかにありました。
そんな家庭内でいつもどこかに隙間風が吹いているような、不安と例えようのない寂しさを抱えていました。
親からの独立、しかし社会へ出てからも続いた「支配」と「恐怖」
そんな母親のコントロールから逃れるように社会に出てからはわりと早い段階から自立します。
成人後はそうした辛い経験から弱者を守る気持ちが強く、人から相談を受けることが多くなりました。
また、わたし自身がありのままを受け入れてもらいたかった気持ちが強かったせいからか、
人の悩みに寄り添い考えることが自然なことという感覚が身についていたように思います。
しかしそれが裏目にでることに。
仕事の仲間がある人からターゲットに遭い
執拗なガスライティング(話の捏造)などいやがらせを受け
その仲間を守った私もターゲットに遭います
その方はとてもプライドが高い方で、自分の思い通りにならないと気が済まないようなところが強く、そのためにはありもしない話を捏造してあたかもこちらに非があるような工作をされ
私の仕事仲間が
「この世界にいられなくなりますよ?」
などと半ば脅しのような理不尽なパワハラを受けます
その方は自分側のミスを仕事仲間に責任を押し付け、
その仲間と仲間を庇った私を排除しようとしたのです。
幸いなことに正しいデータが残っていたため、仲間もわたしも問題がないことが分かったのですが、それが逆効果となり
「データがあっても信用できない」などと執拗に圧力をかけられたりと身勝手で理不尽かつ予測つかない反応に恐怖感を覚えました。
仕事仲間は体調を崩してしまい休業、
そして仲間を庇った私には次はどんなことを
いやがらせされるのだろうという恐怖から
しばらくメールや電話などにもドキドキしたり、その時のことを思いだすだけでもストレスを感じる日々を数年過ごしました。
一緒にいるのに孤独に苦しむ結婚生活 そして20年を超えるカサンドラ症候群への道のり

時は流れやがて結婚。
今度は夫と「一緒にいるのに孤独」という感覚に長く苦しみます。
夫は些細なことで不機嫌になるところやコミュニケーションが苦手なところがありましたが、
余命宣告を受けていた父を安心させたい気持ちから
これから一緒に成長してゆけるだろうと結婚に至ります。
まだお互い若く、私の方が年上でもあることから
子供ができれば、私が我慢していれば、夫も大人になれば
いつかわかってくれるだろうと我慢を重ねる年月…
しかし想いもむなしく一緒に生活してゆく中で共感性や思いやりのなさ、
不機嫌やカッとなるところは更にエスカレートしてゆきます
例えばインフルエンザで40度近い熱を出して休んでいたときのこと。
買い物も行けず頼むも、ゲームに過集中する夫は
「後でね」とため息まじりに苛立った口調で答えます。
飲み物もないのでお願いすると「蛇口ひねれば水出るよ」と言い放ち
結局何も食べずに8時間放置されたりと
興味のあることが最優先で相手が辛いだろうという思いやりや共感性が欠けていることが目立ってきます。
なぜそんなことに?といった予測もつかないことにカッとなる
不機嫌をまき散らし、しまいには手が付けられないほど怒鳴り散らすなど高圧的な態度になることにもドキドキするようになります。
例えば仕事の時間が日勤だったり夜勤だったりがとても不規則なため
お弁当の予定のために一度聞いたことをうっかり忘れて聞くと目も合わさず
威圧感たっぷりに深いため息を吐いた後
高圧的な口調で「1度言ったよな?」とこだわりから2度聞くことを許されない
あるいは夫から何かを買うときにどっちの色がいいかなどのの質問に答え、
その答えが夫の意にそぐわないと深いため息とともに首を傾げられて不機嫌になるなどサイレントモラハラが日常的に。
常に正解は何なのか、神経が張り詰めた日々となってゆきます。
結婚を失敗したと一番に思ったのは
自然妊娠ではなかなか赤ちゃんが授からず、辛い不妊治療を受けていたときのこと。
毎月の辛い治療や周りは授かるのに私だけ授からない辛い現実にとても落ち込みました
辛い気持ちに寄り添ってほしくて気持ちを吐露するも、夫の口から出てくる言葉は
「俺は協力はした。だからあとは自分で解決して」
「俺に負担をかけるな!!」
と寄り添いどころか共感のない冷たい言動で突き放されたことに更に悲しみが深まり、
たちまち心のバランスを失います
年月を重ねるうちに夫婦の関係は成長どころか態度はエスカレートしてゆきます
夫自身が興味のあることは話しかけてくるけれど、心の対話となると高圧的になり避ける
そもそも会話がとても少ない 出かけてもスマホで趣味に没頭。
話し合いをしてもかみ合わない、必要な事柄で話し合いをしようとしても
不機嫌オーラと高圧的な態度で
私が話し始めると大きな声で言葉をかぶせて高圧的にシャットアウトされる
言葉すら発さず無視することも。
威圧、高圧、横柄な言動や暴言が日々あり
心も神経もすり減る毎日。
心のつながりや寄り添い、温もりを感じられない
モラハラやフキハラだけでは片づけられない
この違和感は一言では言い表せない感覚。
「なぜそんなことが言えるんだろう」
「私がいけないのだろうか」
「まだ我慢が足りないのだろうか」
「悲しい…寂しい…辛い…」
「どれだけ一緒にいても一人でいるみたい…」
夫の機嫌を伺う毎日、帰宅して家の鍵を開ける瞬間に動悸がする。
何年も耐えるも夫からの不機嫌は加速し、まるで地雷原に住んでいる感覚。
それに加え無視という対応で私の心は完全にコントロールされ
高圧的な対応や無視の中ですごすうちに
「精神的に弱い私が悪いのだろう」
「私は必要ない人間なのだろう」
「この人生が一生続くのだろうか」
心無い言動、悲しみや孤独、この先の不安に耐える年月を長く重ねました。
心のバランスを失い実家に助けを求めるも今度は実母から心をえぐられ更に絶望へ
心が擦り切れ、どんどん自己肯定感が奪われ虚無感と孤独感、不安感の嵐。
精神面だけでなく体にも症状が出て限界を感じ実家の母に初めて助けてとSOSをだしました。
(若いころはコントロールされていて頼ることができなかった母ですが、父亡き後は母の喪失感と不安に寄り添い大人になってからはそれなりに良好な関係でいたので今回ばかりは意を決して助けを求めることができました)
精神的に滅入っているので別居したいが仕事もままならない状態なので落ち着くまでしばらく居候させてほしいとお願いします…
どうしてそうなったのかと問う母に、これまでの苦しみをすべてを話すうちにこみ上げ涙しながら救いを求める私。
しかし母からは寄り添いの言葉は一切なく
「何でそんな相手を選んだの?」
「お母さんはもう小学生のころから私は絶対に幸せな結婚をすると決めていた。おかげで私の結婚は成功した」
「お父さんは何でも私の(母の)思い通りにしてくれた」
「あなたは見通しが甘かったのかしらねえ」
母の口から発せられたのは
「辛かったね」「よく頑張って耐えたね」「落ち着くまでうちにいていいわよ」
などの寄り添いは一切なく、私の見通しの甘さ、自分との比較を言い放ち
刃物で心をさらにえぐられる言葉をいくつも受けたのです。
夫との孤独と不安に弱り切ったギリギリのメンタル状態で初めて救いを求めた私は
更に実母からの心えぐられる言動と行く当てもない私を受け入れてもらえず
ここでも更に「私は母にとっても必要のない存在なのだろうか」と絶望感までもが加わります。
幼少期の傷が再燃し更に再確認させられた感覚に陥り瞬く間に心を蝕まれ完全に心身のバランスをくずしてしまったのです。
限界が訪れようやく医療やカウンセリングと繋がる
精神的ショックが幾重にも重なったことで極度の孤独感と不安感、絶望感に襲われ夜は眠れず、
食欲も落ち何も手につかず、気力もなくなってしまい、消えてしまいたい…という気持ちに気づきメンタルクリニックにつながります。
医師からは根底に機能不全な成育歴による愛着障害(アダルトチルドレン)と共感性のない母、
そして夫によるカサンドラ症候群の重ね着からの二次障害のうつ、適応障害といった診断を受けます。
根底に機能不全で育った故の愛着障害、そこに共感性のないパートナーと母親からの精神的ストレス、ダブルカサンドラの重ね着とで心のバランスを崩してしまったのです
お薬である程度の不調や漠然とした不安感は軽減されますがあくまでも対処療法。
症状がある程度落ち着いた数か月後先生とのお話でも
お薬はあくまでも脳内分泌物を促し症状は改善するけれど、根本にあるものや原因がなくなるわけではないです。
心の傷やくりかえす思考の癖に対してはカウンセリングなどを試すことも有効ですよ。
と奨められるも、カサンドラ自体は病名ではないためになかなか合うカウンセラーさんに巡り合うことが出来ませんでした。
本やインターネットなどの情報を得てどうにか回復しようと数年もがいた末、
自力ではなかなか効果的な方法がつかめずようやくカウンセリングを受けようと探しますが、
カサンドラ症候群の専門的な知識とわたしの状況に合った、相性の合うカウンセラーさんや心理療法が見つかるまでにもかなりの時間がかかりました。
カウンセリングではまず私がカサンドラになるまでの経緯をじっくりと時間をかけて丁寧に聞いていただくことで心に背負っていた重たい荷物を一つひとつ下ろすような感覚で心が少しずつ軽くなってゆきました。
少しずつ心の安定を取り戻した私は
更にカサンドラと愛着障害に特化したメソットや心理療法を受けることで思考の変化までもたらせていただいたのです。
根本にある心の傷や長年かけて作られた思考の癖までは、お薬では治らないということを実感し初めて気づいたのです。
私はずっと、自分の「心」を置き去りにしてきたのだと。
カウンセリングやあらゆる心理療法による心の変化
長きにわたるコントロールや共感性が欠けた環境での不安定な心の不調や
思考の癖、その両方に向き合い、心のことや脳の癖を変える心理療法
自身の思考の癖に気づいたり、心理学、脳科学、潜在意識に働きかけるなど、カサンドラや愛着障害を克服するためにさまざまな手法を体験しました。
様々な学びを受ける中で相手を変えるではなく「自分自身心の土台を育て直す」「コントロールされやすい思考の癖を整える」ことでしか根本の解決にはつながらないと感じました。
幸いなことにその心の安全地帯の育て方や思考の癖を整える画期的な手法を学ぶ機会にも恵まれました。
私自身の変化が夫や母、兄の変化につながった経験
私が少しずつ自分自身を取り戻し始めた頃のことです。
それまで私は、共感性の無い夫や母、兄との関係の中で長い間苦しみ、生きづらさを抱えていました。
まずは自分を守るために心の距離を取り、自分自身の回復に集中することから始めました。
そして心理学や愛着理論、脳の仕組み、コミュニケーションなどを学びながら、
「なぜ私はこんなにも孤独で苦しかったのか」
「なぜ同じパターンを繰り返してしまうのか」
などを少しずつ理解できるようになっていきました。
そして学んだことを実践し、自分自身の心の土台を育て直していく中で、
私は自分の状態や心の仕組みを言葉で説明できるようになりました。
その過程で、夫や母、兄に対しても、自分がどのような状態だったのか、何が苦しさの原因だったのかを折に触れて伝える機会がありました。
そして心の在り方や関わり方を整える方法を習得してゆくと
少しずつ周囲にも変化が現れ始めたのです。
夫の自己理解が始まった
私の夫は20年以上もの間、自分の内面について語ることがほとんどありませんでした。
心の話に関心を示すことも少なく、気持ちを共有することも苦手でした。
しかしある時、夫の口から
「自分には思いやりや気遣い、我を抑えることができていないという自己理解がある」
またあるときには
「自分には生きづらさのようなものがある」という言葉が出てきました。
それは私にとって驚くべき出来事でした。
そこから夫は少しずつ一緒に過ごす時間が増えたり今まで面倒がってしなかったことをしてくれるようになったり、自分なりに変わろうとする姿勢を見せるようになったのです。
もちろん一瞬で全てが変わったわけではありませんし、特性が消えたわけでもありません。
それでも、自分自身が変化することで周囲も影響が生まれることを実感しました。
そこから夫は感謝の言葉をよく口にするようになったり次々に変化が現れたのです。
母や兄にも起きた変化
また、共感が苦手だった母や兄にも変化が見られました。私は絶対に間違ってないという姿勢を崩さなかった母も
「やっとあなたの気持ちがわかってきた気がする 今までごめんなさい」
兄は
「今まで自分では気づかなかったけれど、僕は何かおかしいかもしれない」
「このままでは人として大切なものが欠けている気がする」
そんな言葉を口にするようになり学ぶ姿勢となったのです。
その結果、何年も距離を置いていた家族との関係も少しずつ変化し、
気負うことなく実家に出入りできるようになったのも大きな変化です
私はこの経験を通して、人の心理や人間関係は互いに影響し合っていること、
そして人の心への影響、作用、は人生そのものを大きく左右するということは計り知れないものがあるということを実感しました
わたしが半世紀をかけて学んだこと
私は幼少期から共感性のない母との関係に苦しみ、大人になってからも夫との関係の中でも長く孤独を感じながら生きてきました。
人生の多くの時間をカサンドラ状態の中で過ごしてきたためになかなか気づけなかったのです。
だからこそ今、
「もっと早く学べていたら」
「もっと早く支援を受けられていたら」
そう思うことがあります。
しかし同時に、その苦しみを経験したからこそ見えることがあります。
私は半世紀にわたる経験の中で、
- 愛着障害
- 機能不全家族
- 毒親問題
- カサンドラ症候群
- モラハラ
- フキハラ
- 夫婦問題
について、自身の体験と心理学や心理療法、様々なメソットの学びの両面から
カサンドラと愛着障害の心の仕組みの理解を深めてきました。
カサンドラ症候群や愛着障害で苦しんでいるあなたへ
私は、ただお気持ちをお聴きするだけのカウンセリングではなく
・なぜこんなにも苦しいのか。
・なぜ相手の言動に深く傷ついてしまうのか。
・なぜ同じような人間関係や生きづらさを繰り返してしまうのか。
その背景にある心の仕組みを一緒に整理しながら、回復への道筋を探していきます。
私自身がカサンドラ状態から回復し、自分らしさを取り戻していく中で、
夫や家族にも変化が現れました。
もちろん、人を変えることはできません。
しかし、人は互いに影響し合いながら生きています。
実は夫や母、兄が変化した背景には偶然ではなく、そこには
心の仕組みや人間関係の相互作用という、きちんとした理由があったのです。
また、カサンドラ症候群で苦しむ方の中には、パートナーや家族にASD特性があるケースも少なくありません。
もちろん、生まれ持った特性そのものを変えることはできません。
しかし、人はそれぞれ物事の捉え方や思考パターン、感情の反応パターンを持っており、
その多くは本人も気づかないまま繰り返されています。
私は自身の経験と学びを通して、人の心や脳の仕組み、幼少期の成育環境によって育まれた愛着のパターン、そして人生経験の中で身についた思考や行動の癖が、人間関係に大きな影響を与えていることを実感してきました。
だからこそ、カウンセリングでは
・なぜ苦しいのか
・なぜ同じパターンを繰り返してしまうのか
・どうすれば心の土台を育て直せるのか
・どうすれば安心して幸せに生きられるのか
・どうすれば大切な人との関係をより良いものにしていけるのか
を、その方のペースに合わせながら一緒に整理していきます。
相手を変えることを目的にするのではなく、自分自身を理解し、
本来の自分らしさを取り戻していくこと。
その変化は、あなた自身の人生を大きく変えるだけでなく、
大切な人との関係にも新たな可能性をもたらします。
まずは長年苦しかった気持ちをゆっくりとお聞きして心の傷を癒すことからはじめてみませんか。
私は人生の多くの時間を、カサンドラ状態の苦しみの中で過ごしてきました。
今振り返ると、もっと早く心の仕組みを知り、適切な支援や学びに出会えていたら、失わずに済んだ時間や幸せもあったのではないかと感じています。
だからこそ私は、同じように孤独や不安、生きづらさを抱えている方に、ひとりで抱え込み続けてほしくないと思っています。
苦しみを抱えたまま長い年月を過ごすことは、心だけでなく、自信や人生そのものを少しずつ消耗させてしまうことがあります。
けれど、生きづらさには必ず理由があります。
その理由を理解しながら心を整えていくことで、人は少しずつ本来の自分らしさと安心感を取り戻していくことができます。
共感だけで終わらない。
でも無理に前へ引っ張らない。
あなたの中に「心の安全地帯」を育て、自分自身を信頼できる感覚を取り戻していく。
そしてその先にある、あなたらしい人生や大切な人とのより良い関係を築いていくためのお手伝いができたら、これほど嬉しいことはありません。
もし今、ひとりで頑張り続けることに疲れてしまったのなら、一度その荷物を下ろしに来てください。
あなたが少しでも早く苦しみから解放され、自分らしく安心して生きられるよう、心を込めて伴走していきたいと思っています。
