プロフィール

はじめまして。

カサンドラ症候群、愛着障害、アダルトチルドレン、夫婦の悩み

HSP 適応障害 鬱

・パートナーや家族と一緒にいてもなぜか孤独を感じる

・自己否定感が強く生きずらい

・ありのままを愛されたいと愛情を渇望して相手に依存してしまう

・自分の感情より相手の機嫌を優先してしまう

・ふとしたことで不安になってしまう

・些細な言葉に傷つきやすい

・ぐるぐる思考から抜けられず苦しい

・自信がもてず自己犠牲を繰り返す

・人の目が怖くて自分を発揮できない 

・心が通わず孤独感、虚無感や絶望感がある

・目覚めから不安感や孤独感がある etc・・・

私はこれまで、心が通わない母子関係、夫婦関係、愛着や毒親育ちの影響による生きづらさなど、さまざまな心身の悩みに向き合ってきました。

私自身幼少期から共感性のない毒親育ちで50年カサンドラを経験し、

心が通わない夫からの高圧的なモラハラやフキハラ(不機嫌でコントロールされるサイレントモラハラ)でいつも相手の機嫌を伺い、夫とも20年以上カサンドラという人生の多くを辛い時間を過ごしていた経験があります。

経験した人にしか分かり得ないことだと痛感し、諦めたり絶望しやがては限界に達し

共感性に欠け、心が通わない母、そして夫、

長年にわたるカサンドラの重ね着と愛着障害からの二次性の鬱、適応障害を経験しました。


それでもその辛さに長年向き合ってきたからこそわかったのは、

孤独や不安を抱える気持ちは 成育歴や受けてきた心のダメージのくりかえしによって形成されたものが大きくかかわっているということ、

そしてその積み重なった思考の癖や疲弊した心を
心理手法や脳科学、様々なメソットで少しずつ整え、「安心できる心の土台」を育てることで

自分だけでなく周囲との関係も回復すること、

自分軸で笑顔で生きることは必ず可能だということです。

「わかってもらえない」「一人で抱え込んで辛い」そんな気持ちに寄り添いながら、

安心できる心の安全地帯をあなた自身の中に育ててみませんか?

少しでも心を軽くし、自分らしく生きられるように。
一歩一歩着実に 一緒に伴走するようにお手伝いできれば嬉しく思います。

【詳細なプロフィール】

人情深いが典型的な昭和の時代の働くことが役割の父と
子供の‘’心’’より‘’世間体’’をなによりも重んじ、長男至上主義の母のもと、
年の離れた二人の兄とわたし 3人兄妹という家族で育ちました。

人情派で熱血漢の父と正反対の共感性に欠けた母であったせいか
夫婦喧嘩の絶えない家庭で幼少期から悲しい気持ちと不安を感じることが多くありました。

母からたびたび発せられる「もう離婚ですね!」の切り札の言葉に
小学校に上がって間もない私は不安に怯え、
「私がお向かいのマンションの屋上から飛び降りて大けがをして病院に運ばれたらお父さんお母さんは反省して離婚せず仲良くしてくれるだろうか…」

まだ自分の世界が家庭内にしかない時期、
とてつもない不安と悲しみからそんなことを思いつめる子供時代でした。

母の姿が見えないとたちまち泣き出す「分離不安」もあったと記憶しています。

“条件つきの愛情”と 学校や友人関係をコントロールされる孤独な小中学時代

幼い頃の私はいわゆる「良い子」でした。おけいこ事や成績も順調で母の思い通りに育っていた頃はとてもかわいがられました。

けれど、物心がつく頃から状況は変わっていきます。

母は学校や友人関係まで異常なほど管理するようになり、私は次第に母に認められることを優先させられるようになっていきました。

小学校は母の決めた学区外へ電車で通っていたため学校以外では
母の決めたお友達のところへ数か月に1度程度わずかな時間のみ遊びに行ける程度でした。

4年生の2学期母の意向から選んだ学校へと転校も経験し、
転校生扱いなどからなかなか馴染めず、
それでもようやくできたお友達数名が遊びに来てくれたというのに
母はお友達を並ばせ

「お父さんのお仕事は? どんなお家に住んでるの?」

と、ひとりずつ尋問。
折角できた新しいお友達も優劣をつけられる私の家には遊びに来てくれなくなります。

また、家から遠い学校だったたことで
日曜日や夏休み、冬休む春休みなどは遊べる友達が近くにおらず
あまりにも孤独すぎる長期の休み。
それは子供のわたしにとって、ただただ日にちが過ぎるのを待っているような、
宿題だけをこなす辛い辛い長期の休みとなっていました。

小5の夜、突然の往復ビンタに戸惑い孤独心の安心を失う

様々なことをコントロールされ寂しさで鬱々とし成績もあまり振るわなくなっていった小学校5年のある夜、突然母から別室に呼ばれ 「そこに座りなさい」 と指示通りに座ると突然の往復ビンタを受けます。

私自身、そこまでされるほど悪いことをした覚えのない私は何が起きたのか、
初めてのことに混乱しひどくショックを受け
「ママの思い通りにならないわたしはもう可愛くないんだ。大好きだったママはもういないんだ…」「もう、思い通りにならない私は愛されないんだ」

幼い頃、大好きだった母。 その母が突然“怖い存在”へ変わったような感覚でした。

悲しみ、不安、怒り、混乱。 言葉にできない感情が心の中に渦巻きました。

家庭でも学校でも孤独感を抱え、 子どもらしく笑うことが少ないまま思春期へ入っていきました。

母は、私の「心」そのものに触れることはほとんどありませんでした。

大切なのは、私がどう感じているかではなく、 「母の思う通りに動くこと」。

幼い私は、それが正しいことなのだと思いながらも、 どこかいつも“みんなと違う”感覚がありました。

うまく言葉にはできないけれど、 胸の奥にずっと残る寂しさや、うつうつとした感覚。

「なんだかつまんない なんだか寂しい」 そんな晴れない思いを幼い頃から抱えながら過ごします。

ゼロから人生をやり直したい

学校でも家庭内でも孤独で子供らしくない鬱々とした小学生時代を過ごし
中学は力試しにと受験し受かったた中学校へと進みます。

理由は母の選んだ学区外の学校への転校や母の友人への対応などで
「この寂しい状況から逃れたい」
皆がはじめましての私立に行って「ゼロから人生をやり直すしかない」

という理由のみで選びました。
ところが中学、高校になっても母のコントロールはますますきつくなります。
成績が下がれば付き合っている友人のせいにされたり
私のいないところで同級生の家を訪ね

「うちの子はどこにいるのか教えなさい 教えるまで帰らないといい

無理やり聞き出すと、今度は

「うちの娘と付き合わないでちょうだい」

と言い、

後日友人から訳を聞いては
「母がひどいことを言って本当にごめんね」
と謝って廻るといった
「母の“コントロールの中で生きる”日々。」
それは自分の居場所や、やっとみつけたとても大切な世界を壊されていく感覚でした。

そんな共感性のない母の教育環境の中で、
心に温かい安心の土台が育つことがなく
いつもどこかに隙間風が吹いているような、不安とたとえようのない寂しさを抱えていました。

「家族5人揃ってお家の中にいるのに何故うちって寂しいんだろう…」
「うちのお母さんはまわりのお母さんとはなんか違う・・・」と思うものの、
寂しさを抱えながらも「きっと教育のためなんだ」と母親をかばう自分もどこかにありました

共感や安心感を十分に感じられない環境の中で、 私は“心の安全基地”を持てずに育っていたのだと思います。

親からの独立、社会へ出てからも続いた「支配」と「恐怖」

そんな母親のコントロールから逃れるように社会に出てからはわりと早い段階から自立します。
成人後はそうした辛い経験から弱者を守る気持ちが強く人から相談を受けることが多くなりました。
また、わたし自身がありのままを受け入れてもらいたかった気持ちが強かったせいからか、
人の悩みに寄り添い考えることが自然なことという感覚が身についていたように思います。

しかしそれが裏目にでることに。
仕事の仲間がある人からターゲットに遭い
執拗なガスライティング(話の捏造)などいやがらせを受け
その仲間を守った私もターゲットに遭います

その方はとてもプライドが高い方で、自分の思い通りにならないと気が済まないようなところが強く、そのためにはありもしない話を捏造してあたかもこちらに非があるような工作をされ

「この世界にいられなくなりますよ?」

などと半ば脅しのような理不尽なパワハラを受けます

その方は自分側のミスを仕事仲間に責任を押し付け、

その仲間と庇った私を排除しようとしたのです。


幸いなことに正しいデータが残っていたため、仲間もわたしも問題がないことが分かったにもかかわらず、

「データがあったとしても私は信用しないから」と

あまりにも身勝手で理不尽かつ予測つかない反応に恐怖感を覚えました。

仕事仲間は体調を崩してしまい休業、庇った私には次はどんなことを
いやがらせされるのだろうという恐怖から
しばらくメールや電話などにもドキドキしたり、その時のことを思いだすだけでもストレスを感じる日々を数年過ごしました。

一緒にいるのに孤独に苦しむ結婚生活 そして20年を超えるカサンドラ症候群

時は流れやがて結婚。

今度は夫と「一緒にいるのに孤独」という感覚に長く苦しみます。

夫は些細なことで不機嫌になるところやコミュニケーションが苦手なところがありましたが、

余命宣告を受けていた父を安心させたい気持ちから

これから一緒に成長してゆけるだろうと結婚に至ります。

まだお互い若く、私の方が年上でもあることから

子供ができれば、私が我慢していれば、夫も大人になれば

いつかわかってくれるだろうと我慢を重ねる年月…

しかし想いもむなしく一緒に生活してゆく中で不機嫌やカッとなるところは

更にエスカレートしてゆきます

なぜそんなことに?といった予測もつかないことにカッとなる

不機嫌をまき散らし、高圧的な態度になることにドキドキするようになります。

例えば仕事の時間が日勤だったり夜勤だったりがとても不規則なため

お弁当の予定のために一度聞いたことをうっかり忘れて聞くと目も合わさず

威圧感たっぷりに深いため息を吐いた後

低い声で「1度言ったよな?」と2度聞くことを許されない

あるいは夫から何かを買うときにどっちの色がいいかなどのの質問に答え、

その答えが夫の意にそぐわないと深いため息とともに首を傾げられて不機嫌になるなど。

常に正解は何なのか神経が張り詰めた日々となってゆきます。

結婚を失敗したと一番に思ったのは

自然妊娠ではなかなか赤ちゃんが授からず、辛い不妊治療を受けていたときのこと。

毎月の辛い治療や周りは授かるのに私だけ授からない辛い現実にとても落ち込みました

辛い気持ちに寄り添ってほしくて気持ちを吐露するも、

夫の口から出てくる言葉は

「俺はそんなに子供が欲しいわけじゃなかったけど協力はした。だからそれ以外は自分で解決して」 「俺に負担をかけるな!」

と寄り添いどころか共感のない冷たい言動で突き放されたことに更に悲しみが深まり、たちまち心のバランスを失います

年月を重ねるうちに夫婦の関係は成長どころか態度はエスカレートしてゆきます

夫自身が興味のあることは話しかけてくるけれど、心の対話となるとそれができない

そもそも会話がとても少ない 出かけてもスマホで趣味に没頭

話し合いをしてもかみ合わない、必要な事柄で話し合いをしようとしても

不機嫌オーラと威圧的な態度で

私が話し終わらないうちにかぶせて「面倒くさい」と高圧的にシャットアウトされる

言葉すら発さず無視することも。
威圧、高圧、横柄な言動や暴言が日々あり

心も神経も磨り減る毎日。

心のつながりや寄り添い、温もりを感じられない

モラハラやフキハラだけでは片づけられない

この違和感は一言では言い表せない感覚。

なぜそんなことが言えるんだろう

なぜそんな態度をされるんだろう

私がいけないのだろうか

まだ我慢が足りないのだろうか。

悲しい…寂しい…辛い…

どれだけ一緒にいても一人でいるみたい・・・

夫の機嫌を伺う毎日、帰宅して家の鍵を開ける瞬間に動悸がする。

何年も耐えるも夫からの不機嫌は加速し

まるで地雷原に住んでいる感覚。

それに加え無視という対応で私の心は完全にコントロールされ

高圧的な対応や無視の中ですごすうちに

「精神的に弱い私が悪いのだろう」

「私は必要ない人間なのだろうか」

「夫婦2人きりでこの人生が一生続くのだろうか」

心無い言動、悲しみや孤独、この先の不安に耐える年月を長く重ねました。

我慢の末、実家に助けを求めるも更に心をえぐられ更に絶望へ

心が擦り切れ、どんどん自己肯定感が奪われ虚無感と孤独感、不安感の嵐。

心の限界を感じ実家の母に初めて助けてとSOSをだしました。

(若いころはコントロールされていて頼ることができなかった母ですが、父亡き後は母の喪失感と不安に寄り添い大人になってからはそれなりに良好な関係でいたので今回ばかりは意を決して助けを求めることができました)

精神的に滅入っているので別居したいが仕事もままならない状態なので落ち着くまでしばらく居候させてほしいとお願いします。。。

どうしてそうなったのかと問う母に、これまでの苦しみをすべてを話すうちに泣きながら救いを求める私。

しかし母からは寄り添いの言葉は一切なく

自分の結婚との比較、

「何でそんな相手を選んだの?」

「お母さんはもう小学生のころから私は絶対に幸せな結婚をすると決めていた。おかげで私の結婚は成功した」

「お父さんは何でも私の(母の)思い通りにしてくれた」

あなたは見通しが甘かったのかしらねえ」

母の口から発せられたのは

「辛かったね」「よく頑張って耐えたね」「落ち着くまでうちにいていいわよ」などの寄り添いは一切なく

見通しの甘さ、自分との比較

刃物で心をさらにえぐられる言葉をいくつも受け、

夫との孤独と不安に弱り切って初めて救いを求めた私は

更に実母からの心えぐられる言動と行く当てもない私を受け入れてもらえず

ここでも更に「私は母にとって必要のない存在なのだろうか」と絶望感までもが加わり瞬く間に心を蝕まれ完全に心身のバランスをくずしてしまいます。

限界が訪れようやく医療やカウンセリングと繋が

精神的ショックが幾重にも重なったことで極度の孤独感と不安感、絶望感に襲われ夜は眠れず、食欲も落ち何も手につかず、気力もなくなってしまい消えてしまいたいという気持ちに気づきメンタルクリニックにつながります。

医師からは根底に機能不全な成育歴による愛着障害(アダルトチルドレン)と共感性のない夫や母によるカサンドラ症候群の重ね着からの二次障害のうつ、適応障害といった診断を受けます。

根底に機能不全で育った故の愛着障害、そこに共感性のないパートナーと母親からの精神的ストレス、いわゆるダブルカサンドラの重ね着とで心のバランスを崩してしまったのです

お薬である程度の不調や漠然とした不安感は軽減されますが

あくまでも対処療法。

症状がある程度落ち着いた数か月後先生とのお話でもお薬はあくまでも脳内分泌物を促すものであり 根本にあるものがなくなるわけではないです。

心の傷や思考の癖に対してはカウンセリングなど他のいろいろなものを試すことも有効ですよ。
と奨められカウンセリングやありとあらゆる心理療法を学び受けることで

根本にある心の傷や長年かけて作られた思考の癖までは、お薬では治らないということを実感し初めて気づいたのです。

——私はずっと、自分の心を置き去りにしてきたのだと。

カウンセリングやセラピーの心理療法による心の変化

長きにわたるコントロールや共感性が欠けた環境での不安定な心の不調や
思考の癖、

その両方に向き合い、心のことや脳の癖を変えるさまざまな心理療法

自身の思考の癖に気づいたり、脳科学や潜在意識に働きかけるなど、さまざまな手法を体験する中で
相手を変えるではなく「自分自身心の土台を育て直す」ことでしか根本の解決にはつながらないと感じました。

幸いなことにその心の安全地帯の育て方の画期的な手法を学ぶ機会にも恵まれました。

私自身の変化を見て夫や母、兄も自己理解し始める

私が自分自身を取り戻し始めたころ、

しばらく傷を深められないように心の距離を置きあまり話さずにいた夫や母、兄に

折に触れ私自身のこれまでの心の状態がどのような仕組みでバランスを崩し、

またそこからどうやって変化をもたらしたのかを話す場面が時折ありました。

私自身が自己理解が進み、言語化し、さらに様々なメソットを自分のものとして取り込み

これまで苦しかった幼少期からの人生が変化してきた様を話せるようになったのです。

するとあれだけ寄り添いがなく話ができなかった夫にも変化が出て

心のことに一切興味を示さなかったところから

「自分には思いやりや気遣い、我を抑えることが出来ていない という自己理解がある」

と 20年以上もの間絶対に自分の内面を出すことがなかった夫からは考えられない自己開示があり、夫はそこからさまざまな部分でこれまでとは考えられない対応となって

自分の変化も感じているようです。

また、共感性の薄い母や兄も

「今まで自分ではわからなかったけど何かがおかしいのかもしれない。」ということに気づき

「このままでは自分は人として大切な思いやりが欠けていてまずい気がする」と

学ぶ姿勢となり、数年距離を置いていたところから

実家に出入りできるようになったこともとても大きな変化です。

人の心理への影響、作用、は人生そのものを大きく左右するということは計り知れないものがあるということを

私自身の人生そのもので半世紀という長い時間をかけて苦しみもがきながら

自分だけでなく相手の心理との相互作用

心や脳の反応について多くのことを学びました。

これからも様々なことを学んで常にブラッシュアップして

機能不全 毒親育ちによる愛着障害、また、カサンドラやモラハラ、フキハラ、夫婦問題など

孤独や不安の苦しみから抜け出し自分軸で楽しい人生を歩みなおしたい方、

大切な人との関係改善をしたい方に心から寄り添い今の苦しみから脱却できるよう様々なことをお伝えしてゆきたいと思っています。

わたしが心理カウンセリングであなたにお伝えしたいこと、一緒にお手伝いしたいこと

わたしはただお気持ちをお聴きするだけのカウンセリングに
とどまらず、これまで私が学んできた心理手法や脳科学に基づいたさまざまなメソットで

あなたの心の中に安心できる土台つくりを

一緒に作ってゆきます。

もちろん、安心して話せる“共感の場”は何より大切です。
けれどその先に、

・なぜ同じパターンを繰り返してしまうのか
・本当は何に傷ついてきたのか
・どうすれば心の土台を育て直せるのか

・どうしたら安心して幸せに生きられるのか

その方のペースに合わせながら、
一緒に整理し、回復への道を探していきたいと考えています。

「なぜかいつも自身が持てず孤独と不安で辛い」
その痛みを知っているからこそ、
ひとりにしない心の寄り添いと安心で伴走してゆきます。

共感だけで終わらない、
でも無理に前へ引っ張らない。

あなたの中に心の安全地帯を育て、
本来の安心感と自己信頼をつくる

そしてその先にあなたが望まれる更なる人生に向かうお手伝いができたら
とても嬉しく思います。